富山かぶれの締めの一冊は「富山の薬売り」が書いた「富の山の人」

この本の著者としてこれほどピッタリな方がいるだろうか?

と改めて感動しながら読みました。

著者の森田裕一さんは東京生まれの「富山の薬売り」なのです。

実は再読本で、2012年に出版された時に一度読んでいます。

富山かぶれもそろそろ引いてきたので締めとして良い1冊になりました。

【私と「富の山の人」との出会い】

当時あるコミュニティつながりで著者の森田さんを存じていたこともあり、出版記念のレクチャーに参加、森田さんや本にも度々登場されるお父様にもお目にかかりました。

鱒寿司の食べ比べなんて余興もあり、この時に富山には鱒寿司のお店が多くあることを知ります。

扱っている商品の一つ「熊の胆」という薬を出して、これを飲んでおくと二日酔いになりにくいんですよ、と振舞ってくださったり。

「薬を振る舞う」というのも妙な表現ですが、ニコニコしながら薬の説明をしている様子は「振る舞う」という表現がしっくりくるのです。

森田さん親子が営む「森田の置き薬」は、昭和29年に富山県生まれのお父様が上京し、修行後に独立したのが始まりです。

森田さん自身は東京生まれで、最初から売薬業に興味を持ってはおらず、別の人生を歩もうと考えていた時期もあったようです。

富山と自分とのあいだに物理面・精神面で距離を持っていたからこそ、富山の売薬システムの素晴らしさ、このシステムや歴史に興味を持ち、客観視できたのではないかと私は思っています。

毎日楽しそうに仕事に出かけていくお父様や時々会う親戚から知る「富山」に徐々に深く興味をもつ様子が本からうかがえます。

【臨場感あふれる読書】

先にこの本は再読だと書きましたが、今回富山市内だけにしろ、富山へ旅行した後でしたので非常に臨場感をもって読むことができました。

その一つが街を歩いていて気になっていた「銀行が多い」ということ。

それも外から入ってきた都市銀行ではなく、地元の銀行が目つくということと繋がる部分が2つありました。

300年以上も続く売薬業は、富山の就労人口の4割が従事していたほどの一大産業だった時期もあったそうです。

商業が発達していればおのずと金融業も必要になりますから銀行をはじめ金融機関も多くなるだろうと想像できます。

もう一つが、富山県人のお金との付き合い方です。

いわゆる貯蓄好きで、稼いだお金の何割かは貯金に回すとか、ある程度お金が貯まったら土地を買っておきなさいなど、お金に関する指南を売薬業に関しては親方が弟子にしているのです。

私は少々窮屈過ぎる感覚を持ちましたが、本を通してかなりお金に関して堅実な富山県人の気質が伝わってきました。

貯蓄したお金はどうするのかというと、家を買う、子供の教育費や冠婚葬祭に充てるというのが一般的で、堅実に貯めて、意味ある使い方をするというのが美徳とされています。

現代の富山県人にどれほどこの気質が残っているのかは不明ですが、こういった歴史や文化を引き継いている人が、ある年齢以上になるといることは確かでしょう。

銀行に対する個人の需要もある。これも銀行が多い理由になるのではないかと思います。

【富とは何か】

「想像力を働かせて、創造的なアイディアを生む思想。」これが読了して私なりに出した答えです。

目に見えないけれど、感じてもらうことで確実に存在するもの。やさしさ、あたたかさ、気づかい、所作、そういったものをお金に変えたのが富山の売薬システムではないでしょうか。

藩の貧弱な財政を少しでも良くする目的で薬を売るために会得したこれらのものが、付加価値として大きな存在となっていく様子も本から受け取れます。

売薬に関わる人の人間性のみでなく、他国で商売することによる貿易摩擦の解消法や行商に行く先で同業者とトラブルにならないようにするためにはといったビジネスをする上での、今で言う法的な面でトラブルにならないように先回りして考えることもその一つです。

富山の売薬が生まれて300年以上経った今、私がこの本を読むと「薬」の方が付加価値であり、売薬システムというビジネスモデルやビジネスに従事するための人間性が商品ではないかとおもうくらいに感心しています。

森田裕一著「富の山の人」