308ページで構成される本。
ラスト8ページのために、300ページがあったのだと最後に気づき、感動する。
もくじ
- 孤独と死が希望に変わる過程
- いっときの飼い主たちに希望はあったのか
- 本を手に取ったいきさつ
孤独と死が希望に変わる過程
一匹の犬といっとき飼い主になる人々がつむぐ、6つの物語で構成される本だ。
日本大震災から始まって、
仙台、新潟、富山、滋賀、島根、熊本へ。
東日本大震災と熊本地震とが、メビウスの輪のようにつながってラストへ続く。
犬が大好きな少年を探して、街から街へ、山から山へ、彷徨う。
彷徨っているからといって、迷っているとは限らないのだ。
東北の震災を経験した犬。
目的のある彷徨いを続ける中で、
いっときの飼い主となる6人の人々は、自らや、親しい人に対する死や孤独の中にいる。
半分くらいまで読んだあたりで、
この犬は疫病神か?と思うくらいに、死と孤独が強烈な存在感をもつ。
しかし犬は大好きだった少年に会いたい、という純粋な目的を持っていただけだ。
それが果たせるのをラスト8ページで見届けると、
孤独と死が希望に変わる過程が書かれていたのだと、よく分かる。
いっときの飼い主たちに希望はあったのか
6つの物語で構成される本だが、どの物語にも死と孤独がつきまとう。
いっとき、この犬の飼い主になった人は皆、信頼があるようなないような、
ずっと一緒という確信のないままに、犬と過ごす中で、
温かみや癒やしを受け取っただろう。
それでも、犬が少年に会いたいという、確固たる目的を持っていることが伝わり、
自分のところには引き止めない決断を下したのも、素晴らしかった。
みずから犬との別れのタイミングを推し量り、
何かは分からないけれども、犬の目的を果たす旅へとまた送り出す。
犬は少年と再会し、孤独と死の経験を希望に変える。
いっとき犬の飼い主になった人たちはどうだったのだろう。
孤独と死を希望に変えられただろうか?
ラスト8ページの感動のあとに、ふと、そんなことが気になった。
本を手に取ったいきさつ
本書は第163回直木賞受賞作、馳星周さんの作品は初めて読んだ。
家族が直木賞とか芥川賞とか受賞した本を、時々買ってくるので、気が向くと借りて読んでいる。
今回もそのパターンだ。
自分では滅多に買わないので、いい意味で読書世界が広がり刺激になる。
良い本とは、読んだ人に多くの気付きや想像力を与えてくれるもの。
孤独と死が希望に変わるという以外にも、
この犬のように、強く意思をもって行動していると、周囲の人間も応援してくれる、
なんてことも伝えているかもしれない。
私にとっては間違いなく「良い本」と呼べる一冊だ。
少年と犬 馳星周著(文藝春秋)
牧野真理子 (まきの・まりこ)
趣味からライフワークへとなった美術館巡り。30年間でのべ1,800展の展覧会を見に行き、現在も進行中。好きな美術館は上原美術館(静岡県下田市)です。