『メトロポリタン美術館と警備員の私』【ブックレビュー】美術館に関わることで人間が再生していく様子に感動

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「メトロポリタン美術館と警備員の私」
(パトリック・ブリングリー著・山田美明訳を
読みました。

一人の人間が美術館に関わったことによって
再生していく様子に感動した一冊です。

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メトロポリタン美術館の警備員という仕事

私にとって、この本の魅力の一つは、
メトロポリタン美術館の警備員の
日常を知ることができたこと。

働き方や仕事内容について、
すぐ目の前に警備員の方がいるかのような
リアルさを感じること。

展示室に立っているけれど、
その仕事や存在を普段はあまり意識することがなく、
美術館の舞台裏を知るような高揚感がある。

交代の仕方、どんなシフトで休みはどのくらいとか、
持ち場はどんなふうに決まるのか、
結構細かく書いてあり、リアリティが感じられていい。

ガイアナ系の人が多かったり、
北欧系の人、名前から察するにインド系の人など
多様な人がいて、

70歳位の歳になっても働いていたり
人種の多様性、それぞれの個性が
浮き彫りになっている人間模様も面白い。

美術作品が癒した悲しみ

お兄さんが亡くなり、
ホワイトカラーの仕事を辞め

控えめに言っても
人生の谷にいたと言っても
いい時についた、
メトロポリタン美術館の
警備員という仕事。

そこから少しずつ心や人生や
凝り固まっていた様々なものが、

緩んだり、溶けたりしていき、
心がほぐれていく様子が綴られた
日記のようでもある本書。

ブリングリーさんにとって、
病気で亡くなったお兄さんは
子供の頃から仲が良く、
尊敬するような存在であったと思われ

余命いくばくかの
病気であることがわかると、

できるだけお見舞いや
世話をする時間を意識的に
とっていたこともわかる。

要は、お兄さんがとても好きなのだ。

子供の頃から変わらず、尊敬の念を持って。

だから警備員という仕事を選んだのも、
孤独であることが有り難かっただろうし、
展示してある美術品も
最初は「見る」ことをしていなかった。

むしろ美術館の展示室という場は
静かにしておいてくれる
都合のいい存在だっただろう。

こちらから関われば、
限りなく知的好奇心や
美しさを与えてくれる美術品。

余計な語りかけをせず、
そこにあるだけの静かな存在が

ブリングリーさんの悲しみを
癒していったことは容易に想像できる。

それが証拠にだんだんと
作品を気にしたり見るようになり、

自分の好奇心を満たすため、
そして来館者の質問に答えるために
調べるようになっていく。

ある日、悲しみを忘れかけていることに気がづいて
ドキッとしているが、
生きていく者には必要な変化だ。

忘れるわけではない、つねに考えるのを止めて、
必要な時に思い出せばいいのだ。

この心の通過点も要所要所で感じる。

来館者との対話が教えてくれた存在意義

著者は現在、メトロポリタン美術館の
ツアーガイドなどもしているようで、

警備員の頃の来館者を観察していたことや
質問に答えたり、話を聞いたり、
会話をしたりということが、
退職後の仕事を考える上で
とても役に立っていると思う。

ここでもブリングリーさんが、
最初は「1人静かになりたい」から、
だんだん来館者に目が向いて、
心が外に開いていく様子がうかがえる。

自分自身の存在意義を感じられるようになり
前へ進んでいく様子が見てとれる。

美術館が紡いだ一人の人間の再生物語

著者であるパトリック・ブリングリーさんの
再生の物語だと思う。

お兄さんが亡くなり、そのせいかは分からないが、
オフィス、要はホワイトカラーの仕事を辞め、
控えめに言っても人生の谷にいた時についた、
メトロポリタン美術館の警備員という仕事。

そこから心や人生や緊張していた
様々なものが、少しずつ溶けて
開いていく様子が綴られた日記のよう。

メトロポリタン美術館の警備員として10年。

一部の同僚との付き合いが深まっていくことや、
家族が増えること、
そして兄の死の悲しみがそれとともに
徐々に薄れていくこと。

そんな流れの中で、
自省したり、内省したり、探求したり、
考察したり、自分から、他人へ、
意識というか眼差しが移って行く様子もいい。

特に初期の兄の死の悲しみを癒し、
立ち直るのに美術館という場や
美術作品が関わっていることが
読んでいて感動だ。

国内外からひっきりなしにやってくる
鑑賞者の素朴な質問もよく分かるし、

警備員という制服を来ている人が
来館者にとっては話相手になる
存在であること。

それによってブリングリーさん自身の
存在意義も見出し、
立ち直るエネルギーになっていったのでは
ないかと思う。

とにかく一貫して一人の人間が
美術館に関わったことによって
再生していく様子が

静かに、強く、語られている点に感動したし、
美術館を「実用的に使う」という視点で
見ることもできるお薦めの一冊です。

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