少し前にこの本のことを知り、気になっていた本。
著書の太田治子さんを調べていたら、驚くべき出生を知りました。
湯河原の美術館のショップで見つけて購入。
著者の新聞記事や手書きのポップで、美術館からのイチオシ本のように、ディスプレイされていたのも、手に取るきっかけでしたね。
手に持つと、薄いわりには値段が高いな、というのが第一印象。
絵画がカラーで印刷されますから、厚手で光沢のある紙を使っているのです。
そんなところにもコストがかかっているのだろうな、と想像しながら、ページを開きます。
もくじ
- 本の構成
- 素晴らしき神奈川県の美術館ラインナップ
- 新しい鑑賞のスタイル
- 太田治子さんについて
- 読了後に思うこと
本の構成
規模に関係なく、県内でも指折りの美術館から選ばれた作品が、1冊の本に集ってできたのが「湘南幻想美術館」。
太田治子さんというキュレーターに選ばれた作品たちは、物語というキャプションを与えられ、収蔵先の美術館に展示されている時とは、違う顔を見せています。
36作品で構成されていますが、少々残念なのが、最後の「絵のないお話」という目次の2編。
この2つの物語だけ絵画の写真がなく、テキストのみ。
ページ合わせに無理矢理入れたのか?というほどの違和感です。
それまでが統一感のある構成でしたので、もう少し考えて欲しいところでした。
素晴らしき神奈川県の美術館ラインナップ
横浜から箱根まで。
神奈川県の海沿いに建つ、美術館の収蔵品が選ばれている本書。
規模は様々、県内有数の美術館です。
横浜美術館
神奈川県立近代美術館・葉山館/鎌倉別館
北鎌倉・葉祥明美術館
山口蓬春記念館
横須賀美術館
茅ヶ崎市美術館
平塚市美術館
ポーラ美術館
成川美術館
町立湯河原美術館
真鶴町立中川一政美術館
(他県や美術館でない施設は割愛しています。)
あなたも訪ねたことのある美術館は、あるでしょうか。
見たことのある絵が、本書にあるかもしれませんね。
新しい鑑賞のスタイル
「本来の絵の意味や解釈と違うけれど」と前書きにはことわりが入っています。
でも、太田さんはこう思った、こんな風に見えた、そして一枚の絵から物語が生まれます。
美術館で見た作品から、物語を作ってみる。
少しハードルが高いかもしれませんが、感じたことやイメージという見えないものを、言語化する能動的な鑑賞法になるかもしれません。
太田治子さんについて
著者の太田治子(おおたはるこ)さんは、神奈川県小田原市出身の作家。
現在は東京都町田市にお住まいだそうです。
ご本人について調べていて驚いたのが、太田さんは小説家・太宰治と母・太田静子さんとの間に生まれた、私生児だということでした。
太宰の代表作でもある「斜陽」は当時、太宰の愛人であった母・静子さんの日記が、元になっているとのことです。
太田さんが絵画に親しむようになったのは、子供の頃。
働いていて、留守がちな母を家で待つ間に、見ていた画集だそうです。
のちに、NHK日曜美術館の初代アシスタントを務めることになろうとは、この頃は思いもしなかったでしょう。
その辺りの経緯が詳しく語られている記事を見つけましたので、ご覧になってみて下さい。
読了後に思うこと
「絵に寄りかかり、空想少女に戻って自由に文章を書くのが一番楽しい」(2019年11月23日付朝日新聞デジタルより)と話される太田さん。
かまくら春秋社発行の情報誌、「かまくら春秋」での連載をまとめたのが、今回出版された本です。
ご本人はこの仕事を、非常に楽しんで取り組んでいらっしゃるようですが、一つ一つの物語には目を細めるような、直射日光的な明るさは感じられません。
明るさとは明度と彩度によって表されますが、これらの物語は彩度が低いのですね。
明るいけれどくすんだ色。
強烈なインパクトはありませんが、甘くはないけど、辛すぎもしない、生きていくことの悲哀が余韻として残ります。
甘さと辛さ、そのさじ加減は太田さんが生きてきた人生、寂しさやどうにもできないことを乗り越えるために、身につけた自身の在り方であり、それをいい塩梅に保つ術ではないでしょうか。
これほどまでに絵画を自分の中に取り込み、自分流に楽しむところには、好きを楽しむことへの太田さんの貪欲すら感じました。
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本を購入した美術館の記事もいかがですか。
牧野真理子 (まきの・まりこ)
趣味からライフワークへとなった美術館巡り。30年間でのべ1,800展の展覧会を見に行き、現在も進行中。好きな美術館は上原美術館(静岡県下田市)です。